2000.1.3
last updated: 2024.11.24
スキー・フォー・ライト ジャパンでは、視覚障害者 (以下「スキーヤー」) と晴眼者 (以下「ガイド」) が1対1でペアを組んで、クラシカル走法によるクロスカントリースキーを行ないます (クラシカル走法とは、雪面にスキー幅のトラック(溝)がひかれており、この溝にそって走るスタイルです)。
スキー・フォー・ライト ジャパンの理念として大切なことは、ガイドは「スキーヤーの召し使い (servant)」ではないということです。あなたは「視覚障害者のためになにかをしてあげている (doing something FOR the visually impaired person)」のではありません。あなたは「視覚障害者と経験を共有している (sharing WITH the visually impaired person)」のです。ガイドとスキーヤーは対等の立場でプログラムに参加し、共同でトレーニングを行ない、その結果として喜びを共有します。この共同作業を成功させるために、ガイドには「ガイディングの方法」を身につけることが求められます。
全盲の障害者は、日常的には白杖や点字ブロックから地面の情報を得ることができます。しかしスキー場には白杖や点字ブロックはありませんので、スキーヤーにとってはガイドのナビゲーションのみが頼りです。ただし「ナビゲーション」といっても、決して特殊な技能を意味しているのではありません。大切なことは「視覚障害者の気持ちになって考える」、「視覚障害者が必要としている情報を伝える」ということです。もちろんそこには多少のテクニックがあります。このマニュアルは、そのようなテクニックについてまとめたものです。
あなたとペアを組むスキーヤーが決まったら、そのスキーヤーの視覚障害の程度や運動能力について理解すると同時に、本プログラムにおける目標 (参加目的) について良く話し合っておきましょう。
クロスカントリースキーは、他のウインタースポーツと比べると安全な部類にはいりますが、それでも衝突や怪我などが起きる可能性はあります。なにごとにおいても「安全に勝るものはない」ことは言うまでもありません。
多くの場合、事故はスピードの出しすぎから起きます。コースにでた初日は、できるだけ平坦な場所で、スピードを抑えてトレーニングを行ってください。
スキーヤーのなかには、雪が初めてという人もいます。雪の上で滑ったり、転んだりという経験は、大自然を体で感じるよい機会です。しかしあまり転び過ぎるとウエアが濡れ、からだが冷えたり、集中力が低下したりします。靴が埋まってしまうような雪面や、ころびやすい悪路はさけるようにして下さい。
繰り返しになりますが、スキーヤーにとってはガイドの指示のみが頼りです。クロスカントリースキーを経験しているスキーヤーならは、トラックから雪面の状態を読み取ることは可能ですが、それでもトラックの状態が悪いときなどはガイドのナビゲーションに頼らざるをえません。
良い状況説明・ナビゲーションとはなにか、考えてみましょう。あなたが友人 (晴眼者) と街を歩いているとします。あなたの前を歩いていた友人がよそ見していて、右から来る自転車にぶつかりそうになりました。あなたはとっさに「右!」と叫びます。あなたの友人はとっさに右を振り向き、自転車がせまってくるのを見とって、すぐに避けるでしょう。
別のケースを考えます。あなたが友人とゲレンデ・スキーをしているとします。コースが左右に分かれている場所に来ましたが、あなたはどちらが正しいコースなのか分かりません。友人が後ろから「左!」叫びました。あなたは左が正しいコースなのだと判断して、左に滑って行くでしょう。
このように晴眼者では、単なる「右」「左」という単語だけでも、十分その真意は通じます。それは視覚情報によって、何が起こっているか、どういう動作をするべきなのかが一瞬にして理解できるからです。しかし視覚障害者では、単なる「右」「左」という単語の指図だけでは決してその意図は通じません。
「右」という単語からは、以下に示すようなさまざまな意味に解釈できます。
スキーヤーが「自分に求められている動作」を一瞬にして理解できるような表現こそ、良い状況説明・ナビゲーションといえます。そのためには、「単語による表現」をさけ、「完全な文章による表現」を行うことが大切です。
スキー・フォー・ライト ジャパンでは、次のように用語の統一を行ないます。もちろんスキーヤーとガイドの間で独自の表現・用語を使用してもかまいませんが、統一された用語を使用することで、どのガイドも同じレベルの状況説明とナビゲーションができ、ペアの組み合わせがかわった場合でも、すぐに意思の疎通ができます。
方角とともに大切なのが「距離」です。「前に右カーブがあります」といっても、はたしてそれが 5m 先なのか、100m 先なのかわかりません。スキーヤーが快調に滑っているときに、「下り坂があります...はいここ」と言うようなガイドでは、スキーヤーが戸惑ってしまいます。あらかじめ、あとどのくらいでカーブなのか (坂なのか) を知らせておくことで、スキーヤーはより自信をもって滑ることが出来ます。
距離を指示する方法は幾つかあります。以下に基本的な表現方法を示しました。
スキーヤーによっては、距離で指示されても具体的なイメージがわかないこともあります。その場合は次に示す「カウントダウンによる方法」、「時間による方法」を用いると良いでしょう。
この変形として、パーセントや分数で距離を示す方法もあります。「登り坂の30%をクリア」とか、「あと3分の1で頂上」などです。
コースに障害物が落ちていたり、他のスキーヤーに接近しつつある場合には、先に示した「距離の指示の方法」を用いて、あらかじめスキーヤーに注意を促しておきます。
しかし場合によっては、有無を言わせない緊急の停止が必要なことがあります (他の人に衝突しそうになったときや、コースを外れて木にぶつかりそうになった場合)。この時には「ストップ!」という言葉をつかいます。この言葉をかけられたスキーヤーは、自発的に転ぶなどして、ただちに完全停止を行ないます。
スキー・フォー・ライト ジャパンでは、ガイドとスキーヤーがそれぞれ別のトラックを走ります (スキーヤーが右、ガイドが左)。そのため、前を走っているペアをスムーズに追い越すために、スキー・フォー・ライト ジャパンでは、独自の追い越し方式を採用しています。追い越される側も、コースを譲ってこれに協力します。
追い越す場合には、前にいるペアに注意を促すために、「トラック」と声をかけます。以下に追い越しの手順を示します。
1. 追い越し側: 追い越すのに適当な距離に近づいたと判断したら、前を滑っているスキーヤーに、はっきりと大きな声で「トラック」と声をかけます。
2. 追い越し側: スキーヤーに、スキーヤー用トラックからガイド用トラックに移動するように指示します。このときスキーヤーは、ガイドの前に入ります (スキーヤーとガイドが、同じ左側トラックを走ることになります)。
3. 追い越される側: ガイドは、スキーヤー用トラックに移動します。このときガイドは、スキーヤーの後ろに入ります (スキーヤーとガイドが、同じ右側トラックを走ることになります)。このとき、追い越される側のスキーヤーは自分のペースを守って走り続けます。
4. 追い越し側: 左側トラックを使って、右側トラックにいるペアを追い越します。
5. 追い越し側: 追い越したペアと十分距離が開いたことを確認してから、スキーヤーに自分のトラック (スキーヤー用トラック) に戻るよう指示します。
6. 追い越された側: ガイドが、ガイド用トラックに戻ります。
軽く膝を曲げた姿勢です。クロスカントリースキーにおいて最も大切な姿勢ですので、必ずマスターしてください。
スキーを履いた直立の姿勢からゆっくり膝を曲げましょう。膝の角度は120度くらいで足首を柔らかく保ち、背筋はまっすぐ伸ばしたままにしてください (猫背にならないように)。
スキーヤーに、この姿勢がクロスカントリースキーの基本姿勢であることを理解させてください。この姿勢を指示するときには、「膝を曲げて」と声をかけると効果的です。
ではこのままの姿勢でいろいろな基本動作をためしてみましょう。
緊急停止などの場合には、自発的に転んで止まらなくてはなりません。このため、安全な転び方をマスターする必要があります。また速やかに起き上がることができるようにしておきましょう。
できるだけ平坦な場所を選んでトレーニングします。まず転び方ですが、体のバランスを横方向に崩して、雪面に倒れ込みます。このとき、スキーの上や、両スキーの間に倒れないようにしてください。このような倒れ方では効果的に停止できませんし、足を捻る可能性もあります。
起き上がるためには、以下の手順でおこなってください。
1. 両方の膝をまげ、体に近づけます。このときスキーは、両方が平行になるようにそろえてください (斜面の場合はフォールラインに対して直角になるようにそろえてください)。
2. ポールは片手に握ります。このときポールを振り回わしてしまう危険がありますので、真ん中あたりを握るようにしてください。
3. 重心を低くしたまま手で体を起こします。
4. 転んだあとはウエアに雪がついています。そのままにしておくとウエアが濡れてしまいますので、できるだけはらうようにしてください (ガイドがアドバイスします)。
この転び方・起き上がり方はよくトレーニングをおこない、転ぶことへの恐怖感をスキーヤーから取り除いてください。
ポールを交互に大きく使うと同時に、足のキック力を使用して推進力を得る、基本的な走法です。キーポイントは、「キック」と「グライド (滑走)」です。
1. スキーで歩く状態から始めるとよいでしょう。スキーヤーがリズミカルにトラックを歩くけるように、ガイドはゆっくり「1、2、1、2」と声をかけます。スキーヤーがリズミカルに歩けるようになったら、かけ声を少しずつ早くしてみましょう。
2. 早足ができるようになったら、次にポールに集中させます。ポールは雪面に対して垂直よりやや前に倒してつくようにし、ひじを曲げながら後ろに押します。ひじが体の横を通り過ぎたら、徐々にひじを伸ばしてポールを押し切ります。
3. ポールから十分推進力が得られるようになったら、足のキックを連動させましょう。ポールを押して推進力を得ると同時に、反対の足 (スキー) で、雪面を後方にキックします。このキックの直後は、キックと逆の足 (スキー) にすべての重心が移り、ぼぼ片方のスキーのみでグライド (滑走) していることになります。「キック」とそれに続く「グライド (滑走)」を覚えましょう。このグライドの時間が長ければ長いほど、有効に推進力を利用していることになります。
うまくいかないときは、以下の点をチェックしてみて下さい。
ゆるやかな下り坂などに有効な走法です。スキーをそろえて、ポールの力だけで滑走します。
1. 両方のスキーをそろえます。両方のポールを同時に雪面に対して垂直よりやや前に倒してつき、後方に押します。このとき上体を前に倒しこむ感覚で、全体重をポールに乗せます。
2. ポールからの推進力のみで滑走します。滑走が止まりかけたら、再びポールをつき、後ろに押します。
うまくいかないときは、以下の点をチェックしてみて下さい。
ゆるやかな登り坂ならば、ダイアゴナル・ストライドのままで大丈夫です。歩幅を小さく、動作のリズムを速くすると比較的容易に登ることができます。しかし坂が急であれば、ヘリングボーン (開脚登行) で登るようにします。
両スキーのテールはそのままにして、トップを左右に開きます (英語の"V"の字になるように)。両スキーの内側エッジをたて、後方に滑らないように努めます。このスキーの形でポールを使って、1歩1歩雪面を踏みしめる気持ちで登ります。坂が急であればあるほど、スキーを大きく開くようにして下さい。
うまくいかないときは、以下の点をチェックしてみて下さい。
ゆるやかな下り坂ならば、ダイアゴナル・ストライド、またはダブル・ポーリングのままで大丈夫です。しかし急な下り坂でスピードコントロールができそうもない場合は、プルークで下ります。
開脚登行とは逆に、スキーのトップはそのままで、両方のテールを左右に開きます。これでスキーの形は、逆"V"字形になります (カタカナの"ハ"の字)。スキーの内側のエッジを立てて、雪面に対するブレーキとします。
しかし、コース上では両方のテールを開くことよりも、片脚だけをトラックの外に出し、そのスキーのテールだけを開くことが多くなります。
うまくいかないときは、以下の点をチェックして下さい。